備忘録

本や映画の記録

[要約編]アラン・コルバン - 音の風景(1994) (編集中)

【構成】

 概要・要約・考察(「考察編」にて)・出典

 

【概要】

「音の風景」はフランスの歴史家で当時パリ・ソルボンヌ大学教授のアラン・コルバン Alain CORBIN (b.1936)が1994年に著した書籍。19世紀フランスの田舎では,鐘にまつわる事件が多発していた。特に感性に注目した歴史研究で知られる著者が,フランス中の公文書館の史料から明らかにしたもう1つのフランス近代史。

 

(以下は初版より抜粋)

 

日本語版への序文

非現代的なものの探究

 

1.音のアイデンティティーの擁護

 第1章 感性の文化を変えることの不可能性

  音のネットワークの密度

  交換の時代

  感覚の支配力の弱体化

  空間と時間の世俗化

  反対派の勝利

 第2章 「鐘の略奪者」

  町の自尊心

  市町村どうしの鐘楼をめぐる争い

  鐘の取り外しとアイデンティティーの混乱

  敵愾心,憎悪,怨恨の入れ子構造

 

2.お国びいきの心性

 第1章 共同体の鐘

  アイデンティティーを示す象徴

  村における鐘の鋳造

 第2章 農民の聴覚の指標

  鐘,空間,地域

  (中心と境界/天使の道)

  交錯した生活リズム

  (時間の正確さと感覚的印象/典礼年の区切り,儀式の時間/音が織りなす日々)

  社会的差異の露呈

  (鐘を読む/誇りの鐘)

 第3章 真実の厚み

  情報のアンシャン・レジーム

  (音の戸籍簿/「役場の説教」)

  集合命令

  警報の普及

  喜びの鐘の管理

 

3.鐘を鳴らす力

 第1章 地方的紛争の争点

  侮辱されることへの恐れ

  地域の象徴的統合

 第2章 音のメッセージの統制

  時計の鐘,時計装置,時計

  鐘つき人の誇り

  鍵,扉,網をめぐる事件

 第3章 主要な「衝突」

  「鐘なしの」埋葬

  国家的な鐘

 

歴史の対位法

 推論された感性から公言された感性へ

  ロマン主義時代の鐘

  鐘に関する探索と鐘の象徴体系

  音にたいする不寛容と眠る権利

 

原注

付図

史料一覧

訳者あとがき

 

 

 今回の要約では,特に近代フランスの音空間と文化表象の連関を考察するため,

 2.お国びいきの心性

  第1章 共同体の鐘

  第2章 農民の聴覚の指標

  第3章 真実の厚み

 歴史の対位法

  推論された感性から公言された感性へ

 訳者あとがき

 以上の項目に絞り,またアラン・コルバンによる感性史研究の前後を俯瞰して考察に生かすため,2018年に岩波書店の『思想』誌にて発表された,訳者・小倉孝誠の論文である,

 アラン・コルバン歴史学の転換

 を要約に含めて検討する。

 

 

【要約】

2.お国びいきの心性

 第1章 共同体の鐘

  アイデンティティーを示す象徴

  村における鐘の鋳造

 第2章 農民の聴覚の指標

  鐘,空間,地域

  (中心と境界/天使の道)

  交錯した生活リズム

  (時間の正確さと感覚的印象/典礼年の区切り,儀式の時間/音が織りなす日々)

  社会的差異の露呈

  (鐘を読む/誇りの鐘)

 第3章 真実の厚み

  情報のアンシャン・レジーム

  (音の戸籍簿/「役場の説教」)

  集合命令

  警報の普及

  喜びの鐘の管理

 

歴史の対位法

〇推論された感性から公言された感性へ

 直接的な証言だけでなく,社会的慣習,象徴的なものの管理,紛争の構図,集団的な情動の表れなどを研究することにより,我々は大地の鐘に対する評価体系やその変化を把握しようと試みた。

 その結果明らかになったのは,共同体のアイデンティティーと団結力の象徴である鐘という聖なる物体に対して,人々が強い執着を持っていたということである。鐘楼と鐘は当然のことのように,風景という財産をかたちづくる重要な構成要素と見なされたのである。当時変わりつつあった墓地と同じように,鐘楼と鐘は死者と生者を結び付ける絆を明らかにしてくれる。農民の生活リズム,管轄区域のたしかな境界,さまざまなヒエラルキーの表れにたいする同意や反発,そしてとりわけ,風聞と同じ程度にコミュニケーションの方法を構造化しているレトリックの複雑さなどは,鐘を詳しく研究しないかぎり正確に認識することはできない。(p.353)

 古文書館での調査結果をもって,我々は鐘の剥奪によって引き起こされる怒りの激しさを強調することになった。 鐘を鳴らさないという方針は個人を傷つけ,家族の名誉を損ない,村の鐘が鳴らないことは集団生活にたいする侵害と見なされたのである。一方で,鐘に具わる情動的な力もそこに確認できる。

 鐘の使用を総括すること,鐘楼の鍵を所有すること,鐘の綱に近づけることは,市町村という小宇宙を揺さぶる権力闘争の展開において,重大な争点になるのである。しかも,こういった争いはときとして,包括的な構造に組み込まれることへの諾否を表している。(p.354)

 このように集団の身振りや行動から引き出される感性の歴史(=推論された感性)と並行して,別の歴史も存在している。村の鐘に関心をむけた外部の観察者たち(詩人や旅人,考古学者,ジャーナリスト,民俗学者など)が残した資料に依拠して構築される歴史(=公言された感性)である。

 

ロマン主義時代の鐘

 ロマン主義の作家たちは,様々な情動が社会的に流通することを権利として明瞭に要求している。

 彼らにとって大地の鐘を称揚することは,調和と出会いを祝うための機会であり,鐘による音のレトリックを美的なものにするための努力と鐘に対する共通の礼賛という点で結びつく,民衆と詩人の出会いであった。そして1860年代以降には,ロマン主義的表象の衰退とともに,鐘は多くの人たちにとって無意味で煩わしいものとなり,不寛容さが高まっていく。

 ロマン主義的な感情の系譜はゲルマン由来で,18世紀末にゲーテやシラーの重要な作品が鐘をめぐる文学の常套句を素描し,以後半世紀わたってそれが流布した。それまで宗教的な象徴性に従い,ルネサンス以来「鐘の鳴る都市」の称揚を基準とした評価体系が,彼らドイツ・ロマン派詩人によって刷新されたのである。

 ドイツ・ロマン派の詩における鐘のモチーフは,主要テーマどうしの対位法や緊張状態に取り込まれる例が目立つ。たとえばシラーは鐘と大地(鉱山の深部など)との結びつきを称賛した。また鐘は人生の諸段階を要約し,作品内で通過儀礼の機能を持つ例がある。鐘の懐胎(地中の母胎)・合金の融合(結婚の象徴)・早鐘(生の悲劇)・弔鐘(他者の死と大地への回帰)などはシラーの詩によくみられる表象である。特にシラーの詩では,鐘はカオスに対する勝利,共同体の団結力の象徴として描かれていることがみてとれる。一方のゲーテの詩では,鐘は様々な規律を内面化するための手段とみなし,子供の見る悪夢の中で,両親の命令を思い起こさせるような重々しい青銅の鐘が追いかけてくる,といった表象がある。

 一方のフランス・ロマン派では,鐘の音が人々の心をときめかせ,涙を溢れさせるような喚起力を好んで強調する傾向にある。故郷の鐘の響きの思い出は,存在の意識や自己記憶の最初の表れと混然一体になるのである。そのために,鐘は存在を要約し,さまざまな思い出を糾合するように促し,忘却の不可能性を証明し,過去の現前と未来の予感を結び付けることにより,鐘の音は《二度とふたたび》という意識の苦痛を強めるものとして表象される。鐘はまた,原初の女性性(フェミニテ)をも喚起するのでもある。こうした鐘の感性の守護的英雄として,ナポレオン1世が挙げられる。プーリエンヌ『回想録』や『セント・ヘレナの回想』の一節にそれを認めることができる。

 1831年ヴィクトル・ユゴーは,鐘の常套表現に,その響きをめぐる歴史的な機能と時代の多様性を語る能力を付与した。それは彼の作品『ノートル=ダム・ド・パリ』にみることができる。

 鐘は民衆の発見や,民衆との出会いの可能性を期待させてくれる。群衆の動きを喚起するときには,ロッシーニマイアベーアヴェルディといったロマン主義の音楽家たちも鐘を使用したロッシーニは『ウィリアム・テル』の第二幕の合唱の場面で,マイアベーアは『ユグノー』第四幕で新教徒虐殺の合図のために,そしてヴェルディは『イル・トロヴァトーレ』の「ミセレーレ」の場面で,それぞれ鐘を使用している)。

 1848年にヴォージュ県の共和国代表委員が記述するところによれば,

一般に,田舎の住民は鐘の音が好きだ。鐘楼から鐘の響きが聞こえてくると,住民の精神は瞑想にふけったり,昂揚したりする。厳かな儀式の際には,鐘の大きな音に好んでみずからの興奮の叫び声を交じり合わせる。(p.359)

 とあるように,鐘は集団的記憶の支えと見なされているのである。

 泉や池や深淵と同様に,民衆の記憶のなかに根付いた鐘は,もっとも多くの伝説を生み出す物体,あるいは場である。そのため,隠された鐘,地中に埋められた鐘,水の中に沈められた鐘が,地中や水中でも鳴り続ける,あるいは響き渡るといった伝説が各地にある。

 また鐘の音は,ロマン主義作家たちが求める民衆の根源的な言語の性質を帯びており,田舎の人々は鐘の音の中に言葉を聞き取り,さまざまな鐘がお互いにおしゃべりすると想像していた。さらに鐘は元々聖人崇拝と密接に結びついている。民衆の耳には鐘が予言的な意味を持って聴こえることが報告されており,19世紀に鐘と根源的なものを結び付ける様々な言語,信念,情動などの探究がなされた。

 

〇鐘に関する探索と鐘の象徴体系

〇音にたいする不寛容と眠る権利

訳者あとがき

 

 

アラン・コルバン歴史学の転換

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Alain Corbin 近影(Getty Imagesより)

歴史学界におけるコルバンの位置

 コルバンは「感性の歴史学」「感性文化の歴史学」を推進し,現代においてその先頭に立つ歴史家として知られる。2016年には「ブガン叢書」に『感覚の歴史学』と題した論考が収められた。ブガン叢書に存命人物の書物に含められるのは極めてまれであり,彼の著作が歴史学の古典として聖別されたことを示している。現在,最も高名なフランス人歴史家と言えよう。

 今でこそ感性史の旗手として知られるコルバンは,伝統的な経済史,社会史の研究から出発している。若きコルバンは中部リモージュのリセで教えた後,ソルボンヌの教授であったエルネスト・ラブルースを指導教授として1973年に博士論文『19世紀リムーザン地方における伝統と近代性(1845-1880)』を提出し,2年後に刊行された。19世紀,地方や田舎への関心,近代性の表象の変遷は,以後の研究にも通底する要素である。

 転機になったのは『娼婦』(1978)と『においの歴史』(1982)である。前者はパリとセーヌ県の売買春を多角的に論じ,後者は嗅覚という,それまで視覚や聴覚よりも低俗とされた感覚をめぐって論じた。そして1987年に刊行された『私生活の歴史』(アリエス/デュビー監修 未邦訳)のうち19世紀を扱った第4巻で,コルバンは政治・経済・外交・軍事・社会制度からは距離を置き,個人と集団の私生活や情動や感覚体験のレベルで何が生起し,変貌したかを説得的に論じた「舞台裏」を掲載する。1980年代中葉,コルバン歴史学の主要なテーマ(身体,性,医学的言説,内面性,情動)が出そろうことになった。

 コルバンは1986年から2001年までパリ・ソルボンヌ大学で19世紀の講座を担当した後,80歳を過ぎた現在まで著作活動に専念している。近著に,雨に対する人びとの感性を論じた『雨の歴史』(2017)がある。

 

〇感性の歴史の輪郭

 コルバンの研究はまったくの無から出発したのではない。1938年の時点で,アナール派の創設者リュシアン・フェーヴルは「感性と歴史学」と題した論考の中で,従来歴史学では個人的で歴史性が乏しいと見做されてきた感情や感性社会的・文化的な位相を認め,感性史研究の意義を強調している。その悲願は20世紀後半に,ジョルジュ・デュビーのが愛の歴史を,フィリップ・アリエスやミシェル・ヴェヴェルが死の歴史を,ジャン・ドリュモーが恐怖心の歴史を綴ることで具現化していった。コルバンの研究は,自身による「感性の歴史の系譜」(1992)という長い論文の中に,それまでの感性史研究との繋がりを概観することができる。

コルバンは「感性の歴史の系譜」の中で,まずリュシアン・フェーヴルとミシェル・フーコーを重要視している。フーコーは,近代の権力装置は性をめぐる言説を意図的に増殖させたと主張しているが,コルバンはこれに対して,言説とは別の次元で,性は権力と道徳によって監視されてきたと反論を行っている。

 第三に重要視された人物として,ドイツの歴史家ノルベルト・エリアスが挙げられている。エリアスは歴史学の重要な責務は「欲動の構造,情動と情念の方向づけや形態」を分析することだと主張している。またエリアスは,西洋人の感性が次第に研ぎ澄まされ,卑俗から洗練へ,暴力から自己抑制へ,放縦から自己管理に移行するのが文明化の過程であり,中世から近代まで当てはまると説明したが,コルバンはこのことが当てはまるのは中世から17世紀の古典主義時代頃までに限定され,歴史は直線的ではないと留保づけている。

 感性史とその他の歴史研究は,明確に区別できるものではない。デュビーやドリュモーに代表される心性史(一般の人々の心的,感情的態度を分析する)や,感覚の作用をめぐる歴史人類学の一分野,文化史,自然や社会の表象史は,感性の歴史と深いつながりを持っている。

 

コルバンの仕事 ――五つの領域

1.身体と性をめぐる歴史

2.感覚と感性の歴史

3.感情や情動の歴史

4.人間と自然の関わりに焦点をあてた歴史

5.近代フランスの地方や田舎における人々の感性文化と世界観についての歴史

 

〇集大成と展望

 

 

【考察】

【出典】

アラン・コルバン「音の風景」小倉孝誠訳,藤原書店:東京,1997年。

小倉隆誠「アラン・コルバン歴史学の転換」(『思想 2018年第1号』所収,岩波書店:東京,2018年)